冷淡な傍観者
- 作者: ビブラタネ,ジョン・M.ダーリー,Bibb Latan´e,John M. Darley,竹村研一,杉崎和子
- 出版社/メーカー: ブレーン出版
- 発売日: 1997/06
- メディア: 単行本
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緊急事態における援助行動についての研究を解説した本です。真面目で学問的な内容。
著者たちの研究のきっかけ(のひとつ)となったのはキティ・ジェノヴィーズ事件です。
午後三時、仕事から帰る途中のキティー・ジェノヴィーズを待ち伏せしていたのは一人の変質者であった。そのキュー・ガーディンの住人の三八人もが彼女の悲鳴を聞きつけて窓から顔を出した。が、彼女を助けに駆けつけた人間は一人もいなかった。加害者が彼女を殺すまでに三〇分もあったというのに、誰一人、警察に電話した者さえいなかったのだ。彼女は死んだ。
この事件に対して評論家やテレビでは、都会の無関心、道徳心が減った、といった解説がされたそうです。
しかし、目撃者たちは何もしなかったが無関心だったわけではなく困り果てていたこと、記事にはならないが人々が行動を起こす事件もあること、などの理由から、このような単純な解説に対して著者らは疑問を投げかけます。
そしてなぜ援助が与えられる場合と与えられない場合があるのか?助ける助けないの決定に影響を及ぼす要因は何か?を確かめるために一連の実験を行います。
○非緊急事態での援助
・時間を尋ねる、10セントを借りる、などの小さな頼みごと。
・道でチョコレートを配る。
・被験者の隣でさくらが間違った道を教える。訂正をするか。
・さくらの行動(遊びに加わるか叱るか)の後のフリスビー遊びへの参加率。
上のような実験を条件を変えつつ多数行っています。たとえば小銭を借りる実験では、理由をつける、名前を名乗る、屋内か屋外か、性別や人数の違い、などの条件での結果が書かれています。
著者らは、ちょっとした状況の違いによって援助の有無が大きく左右されたことから、被験者は人助けの報酬や費用を計算しそれに応じて自分の行動を変えている、と言っています。
ex...
危害を加えそうな人が間違った道を教えているのを訂正する率は低いが、自信のなさそうに教えている人を訂正する率は高い。
さくらが遊びに加わった場合はフリスビー遊びへの参加率が高いが、さくらが叱りつけた場合の参加率はゼロだった。
○緊急事態の援助
・インタヴューを待つ部屋に煙が入ってくる。外に出て報告するか。
・質問票に記入している部屋の隣から椅子が倒れる音と女性の悲鳴やうめき声が聞こえる。
・盗みを目撃させる。
・隣室で子供の喧嘩(乱暴)が始まる。
・ヘッドホンを通して討論に参加している被験者にてんかんに似た発作の声を聞かせる。
・地下鉄と空港で、松葉杖の男が転び痛そうに顔をしかめる。
一連の実験の結果から、援助行動の決定要因としては、性格や生い立ちといった個人差よりもその場の状況の方がはるかに重要であると結論しています。場合によっては誰でも援助をするし、場合によっては誰でも援助をしないということです。
また、いずれのケースにおいても人数が増えることで援助の可能性が少なくなったことから、他人の存在が人助けを抑制する最も大きい要因の一つであると言っています。
○緊急事態における援助行動の難しさ
・高価な代価と不当に低い報酬。緊急事態においては介入した人も危険にさらされる。一方でうまくいった場合でも事態の悪化を防ぐだけであり、ほとんど報酬は期待できない。
・まれなできごとである。一生を通じて緊急事態に遭遇することはほとんどない。経験もなければ事前の訓練や準備もない。突発的に起こるためゆっくり考える余裕すらない。
こうした状況で介入行動を起こすというのはむしろ驚くべきことだとのこと。
○傍観者効果
・たくさんの人がいればそれだけ面目を失う可能性も高い。大勢の人の前で恥はかきたくない。
・自分の行動の手本を他人に求めようとする。誰も心配していないのだから何事もないのだ、などの判断。
・緊急事態に1人で直面した場合はその人が全責任を負わされる。他に見ている人がいれば見物人全員が責任を分かち合うことになり、1人への圧力は小さくなる。
○緊急事態の存在の否定
・緊急事態の介入には大きな代価を伴うが、介入を行わない場合も恥の意識や罪悪感といった心理的な代価がある。回避-回避の葛藤。
・最も安易な逃げ道は緊急事態が存在しないのだと自分自身に信じ込ませること。緊急事態に気づかなければ、あるいは状況が深刻ではないと判断できれば、介入を行うべきか悩む必要がなくなる。
・実験後の面接で介入しなかった被験者はその場面を緊急事態だと思わなかったとしばしば訴えた。介入の葛藤から逃れるために状況を歪めて解釈しようとする可能性がある。
○その他
・煙の実験では、介入しなかった被験者も無関心なわけではなく情緒的に動揺していた。
・不決断の時間が長引くほどその後の介入は困難になる。煙の実験では反応を示した被験者の90%以上が比較的短いテスト時間の前半にそれを行った。
・いずれの実験においても、被験者はまわりの影響に気づかないか認めようとしなかった。自分の行動は他人の存在とは関係なかったと主張した。
・いくつかの性格テストからは援助行動を予測できる性格特性は発見できなかった。生育歴の情報もとりたてて有効ではなかった。
○緊急事態においての援助行動のプロセス
1. 緊急事態への注意。まず第一に何かが起こったということに気づかなければならない。
2. 緊急事態発生という判断。いったん事件を認識したら、今度はそれが緊急の事態だと解釈することが必要になる。
ex...歩道にうずくまった男がいる。緊急事態なのか、変人なのか、酔っ払いが寝ているのか。
3. 個人的責任の度合いの決定。行動を起こすのが自分の個人的な責任なのだという決定を下さなければならない。
ex...もう援助が始まっているかもしれない、当人に援助の能力があるか、自分は適役か、責任が何人の傍観者に分担されているか。
4. 特定の介入様式の決定。責任を自覚した場合、どのように対処すべきかを決めなければならない。
ex...自分が直接的に介入すべきなのか、医者や警察を呼ぶなど間接的な方法をとるべきか。
5. 介入の実行。どのように介入するかを決めたら最後に実際の行動だけが残される。
この研究は「心理学を変えた40の研究」という本でも紹介されています。それによると、傍観者効果について学んだ人たちは緊急時に援助行動を起こす傾向が強いことが研究によって分かっているそうです。また、結論にはこう書かれています。「他の人が干渉するだろう、止めるだろうとは絶対に思ってはいけない。いつも自分が1人であるかのように行動しなさい。」